いのちキラキラ重症児教育――堺市立百舌鳥養護学校分校からの発信

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発刊から1か月も経たないうちに増刷。保護者、教職員のみなさんが普及大作戦=すでに1600冊を超える普及!

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落合俊郎・杉本健郎・橘英弥・松本嘉一・
重度重複障害児教育のあり方を考える会 編
ISBN4-87699-679-2 C0036
定価 2100円(本体価格2000円)

●生徒数12人、日本で一番小さい養護学校から「重症児教育の原点」を提起
小規模校のよさを生かした重症児教育の実践「あそび学習」を中心にたくさんの写真とともに紹介。障害児教育・医療の第一線で活躍されている研究者が、百舌鳥分校を通して重症児教育のあり方と方向性を提起。

●もくじ ●内容紹介

グラビア

はじめに

第1部 生きぬく力をつくる──百舌鳥養護学校分校の教育

百舌鳥養護学校分校の子どもたち
「あそび学習」の取り組みの基本姿勢

第1章 「あ・そ・び」──分校の一日

はじめに 分校の日課表

朝の会(つばさ学級)「お届けものがあります」
個別学習「機能訓練を通して」
学級の取り組み(あゆみ学級)「宇宙へ行こう!」
課題別学習(Cグループ)「かくれんぼ」
給食(あゆみ学級)「給食大好き」
・コラム/食べることは“元気”のもと
午後の取り組み(あゆみ学級)「ゆったり楽しく」
終わりの会

第2章 わくわく・どきどき──分校の行事

修学旅行──小学部6年
分校の年間行事表
はじめての遠足──小学部1年
・コラム/僕の妹
分校うんどう会
人とのふれあいを大切に──交流
・コラム/くつがいっぱい

第3章 こころ豊かに──ゆっくりでも着実に発達

心地よい表情から笑顔に
・コラム/大切な秀平
ぼくの言葉で伝えたい
・コラム/この子の代弁者になって
心に寄り添うことから始まる
・コラム/わが子の姿

第4章 教育を援助する立場から──理学療法士・養護教諭・栄養士……

学校生活のあらゆる場面で、援助できる理学療法士
とまどいからの始まり

第5章 教育を保障するために──医療的ケアへの取り組み

医療的ケアを取り組むまでの経緯
医療的ケアの内容
医療的ケアを行うにあたっての手順
医師法17条について
・コラム/通学保障の環境を整えてほしい

第6章 教育条件の充実をめざして──楽しく元気がでる学校づくり

短時間で安全な通学──タクシー通学
居心地のよさが何より
安全で、楽しい給食を願って
人的な保障が子どもたちの教育をひろげる
・コラム/技術職員・事務職員・調理担当

第7章 保護者の思い──分校の歩みから

藤谷学級ができるまで
藤谷学級から神石小学校分校へ
生きていく力
娘に学ぶ──友子の母として

第2部 重度重複障害児教育のあり方を考える──百舌鳥養護学校分校の教育を通して

障害児教育の動向と重症児教育のあり方を考える
子どものニーズに即した養護学校に
障害の重い子どもには「横の発達を」
小規模養護学校のよさ──原初的コミュニケーションを基盤にしたティームティーチング
百舌鳥養護学校分校の教育を世界的視野で検証する──障害児医学の立場から

あとがき

◆関連ホームページ
 重度重複障害児教育のあり方を考える会
 杉本健郎(スギケン)のホームページ


●関連記事紹介

教育医事新聞(2002年8月25日) NEW

産経新聞

はじめに

 堺市立百舌鳥養護学校分校は、大阪府堺市の仁徳天皇陵の近くにある児童・生徒数わずか12名の小さな学校です。
分校に通う子どもたちは、全員、知的にも身体的にも大変重い障害を有しています。ほとんどの子どもは、私たちがふだん使う“言葉”を話せません。自分の気持ちを表す方法は、「ア〜」とか「ウィ」というような発声、笑顔などの表情やマヒのない手を振ったり、手足を突っ張ったりなどです。また、ほとんどの子どもが自分一人の力で座ることもできません。視覚障害をあわせもつ子どももいます。さらに、呼吸がうまくできないため、手術でのどに穴をあけ(気管切開)、そこから呼吸をしている子ども、口から食べたり飲んだりが困難なため、手術してお腹から胃や腸に穴をあけ、チューブを通して 栄養をとる子どもなど、いわゆる“医療的ケア”を必要とする子どもも半数近くいます。分校は、このような重度重複障害児と呼ばれる子どもたちが通う学校なのです。
 分校の教育目標は『生きぬく力をつける』ことです。重い障害のために、生きることそのものが困難な子どもたちに、生きることの楽しさ、生きることの素晴らしさを知ってもらいたいと願っています。そのために私たちは常に、子どもたちが『心地よいな』『楽しいな』と思えるようにかかわろうと考えています。
 分校の教育内容の多くは“あそび学習”で編成しています。「教科学習」を行う段階に達していない子どもたちの発達を促すには、それぞれの発達段階にあった“あそび”と、障害の様相にあった遊び方が必要だと考えています。発達のもっとも初期の子どもたちにあそびを通して快感を感じさせることを出発点として“あそび学習”を展開させています。
 分校の授業は、子どもを抱っこして揺さぶったり、トランポリンに寝かせて揺らしたり、教師が太鼓や笛などを演奏したりと“あそぶ”ことを通して、子どもたちが楽しく感じ、その気持ちを少しでも声や表情などに表すこと、そして『もう一回してほしい』『もっと大きく揺らしてほしい』というような要求を出してくれることをめざしています。このような要求を出すということは、自分の気持ちを人に伝えることであり、気持ちが伝われば、それは喜びに変わるはずです。それが、生きることの楽しさ、素晴らしさにつながっていくと考えています。
また、“あそび”ながら、できる限り子どもに言葉をかけ、その言葉かけに対して子どもが応えてくれるのを待つようにしています。子どもがどのような声を出すか、どのような表情をするかをしっかりと見て、そのときの気持ちをくみ取るようにしています。それを繰り返すことで、少しずつ子どもたちと気持ちが通じ合うようになり、子どもたちは自分の気持ちをしっかりと伝えるようになっていきます。私たちは、これを“気持ちの交感”と言っています
 この本の第1部では、“あそび学習”の様子や行事を通しての取り組みにより、子どもたちがどのように変わってきたかを紹介しています。また、理学療法士など、教師以外の職員の子どもたちに対する思いや、保護者の分校への思いも紹介しました。
第2部は、2001年に開いたシンポジウム「重度重複障害児教育のあり方を考える」の記録です。シンポジストの先生方は、それぞれ障害児教育や障害児医療の第一線で活躍されている方で、分校の教育を通して、障害児教育の方向性について、貴重なご意見をよせていただいています。
私たちは、この本を通じて、重い障害を有する子どもたちにどのような教育が必要なのか、その教育内容は、教育条件は、また、教育環境はなど、重度重複障害児の教育のあり方を、みなさんと一緒に考えていきたいと思っています。

 2002年6月
         重度重複障害児教育のあり方を考える会


あとがき

●2000年8月8日
 堺市立百舌鳥養護学校分校の教職員や保護者にとって、2000年8月8日は、おそらく今後忘れることができないであろう日になりました。堺市の教育改革審議会が答申を出した日です。その答申の中に『分校の役割を(近隣の)府立堺養護学校にゆだねる』という一文がありました。
「分校が廃校になるかもしれない」このことは、分校で重度重複障害児の教育に携わり、どうすればこの子どもたちの気持ちをもっとくみ取ることができるか、どうすれば子どもたちが自分の思いをもっと外に向けて発信できるかということに心をくだき、かかわってきた教職員にとってはとてもショックなことでした。
 保護者にとっても“分校廃校”の答申はショックなことでした。分校に子どもを通わせる保護者は全員、わが子が小学校入学時に分校か府立堺養護学校かの選択を迫られ、教育条件や設備、また教育内容などを考え、「自分の子どもには、分校の方が適している」という思いで分校を選択しています。現在、未就学年齢の子どもをもつ保護者にも同じ思いの人たちがいます。

●分校存続に向けて
 その分校をなくしてはいけないという気持ちから、教職員と保護者は協力をしました。“分校存続”の署名を集めたり、教育委員会や市議会議員と話し合いをしたり、堺市に自分たちの思いを伝えるために質問状・要望書を送ったり……。さまざまな活動をしてきました。そしてその活動をする中で、私たちは、“分校の存続”ということばかりに目がいっていたけれど、本当に考えなければならないのは、重度な障害を有する子どもたちにとってどのような教育が必要なのか、その教育条件は、その教育内容は……などではないかということに気づきました。

●シンポジウムの開催
 このことを考えるために私たちは、2001年『重度重複障害児の教育のあり方を考える』と題して、シンポジウムを2回開きました。
「シンポジウムなんて開けるの?」「人は来てくれるの?」さまざまな不安を抱いてのシンポジウム開催でしたが、いざ、ふたを開けてみれば、予想以上の来場者があり、内容の評判も上々でした。著名な先生方にシンポジストを引き受けていただいたこともあったでしょうが、同時に多くの人たちが重度重複障害児の教育について関心をもっていることもシンポジウム成功の大きな要因だったと思います。そしてこのシンポジウムにより、私たちの考えていたことが間違いではなかったこと、また、“分校”という小規模な学校で行ってきたことをより多くの人たちに知ってもらい、重度障害児の教育に大切なことは何なのかを共に考えていくことが必要ではないかと話し合いました。もちろん、分校での教育が100パーセント正しいものだなどとは思っていません。良い面も悪い面もあると思います。それらをすべて知ってもらい、重度障害児の教育のよりよい方向を探っていきたいと思っているのです。

●終わりに
 本書をつくるにあたっては、シンポジウムの時と同様に、いや、それ以上に不安がありました。しかし、『本を書いてみたら?』と提案していただいた杉本先生や出版を引き受けていただいたクリエイツかもがわの田島さんからの励ましやアドバイスのおかげで「やってみよう」ということになりました。
 この本は、分校の全教職員と保護者、また、分校を卒業した子どもたちの保護者など、子どもたちを取り巻く多くの人たちの協力があって完成しました。『みんなでつくった』ことを私たちは大切にしたいと考えています。なぜなら、いろいろな人たちが子どもたちのことを大切に思い、たくさんのかかわりをもつ分校で、これまでも行われてきたことであり、そのことのひとつの証明だからです。みんなで協力することこそが、子どもたちが成長していくための大切な基盤になるのではないかと思います。
 分校廃校の問題は、現在、教育委員会で検討中です。この本がみなさんの手元に届く頃には、もしかしたら廃校が決定しているかもしれません。しかし、私たちはそれでもこの本をつくりました。それは、先ほども述べたように、私たちの願いは、単に分校の存続だけではなく、重度重複障害児にとってのよりよい教育とは何かを探り、それを実現することだからです。この本を読まれたみなさんと共に、それを考えていきたいと願っています。

 2002年6月
         重度重複障害児教育のあり方を考える会

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