| はじめに
1● 初めてのアフガニスタン
――女性教員支援事前調査団に参加して
五女子大学コンソーシアム/初めてのアフガニスタン/カヌーニ教育大臣/教員養成カレッジ/教育大学/マリアン女学校とルマイ・シャヘード女学校/カブールの風景
2● 理科実験ことはじめ
「生き物ってすごい」を伝えたい/理科実験ことはじめ(三月)/個性的で賢い生徒達と(三月)/カウンターパートを得て(八月)/ カエルの解剖と細胞観察(八月)/ライリマとの再会/生物の先生達
3● チャプダラ村の学校建設
学校をつくりたい/工事の始まり(〇四年)/初めてのバーミヤン(〇五年)/オープニングセレモニー/ティーチャーズデイ/再びアマンとチャプダラへ
4● ディーバ家の人々
ヨスフザイ家のゴッドマザー/ディーバの演説/サミールの来日/ ディーバ家の人々
5● アフガニスタンで見たこと・考えたこと
〇三年三月二〇日/家族思いのハシブ/たくさんのパーティー/カブールの今(〇七年六月)/日本の人々との出会い
おわりに
◆◆◆関連記事紹介◆◆◆
・読売新聞 2008年1月24日
・しんぶん赤旗 2008年2月3日
・朝日新聞 2009年5月10日
・読売新聞 2010年8月22日
・京都新聞 2010年12月12日
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はじめに
二〇〇二年七月初旬の夜、自宅に文学部長から電話がかかってきました。一体何事……。
「奈良女子大学では、アフガニスタンの女性教員支援を行うことになりました。中道さんにもそのお手伝いをお願いしたいと思っています。ついては、アフガンからの先生方を迎えるにあたって、事前調査団を派遣することになりました。それに加わっていただくことになるかもしれません」
当時、私は奈良女子大学の附属校に勤めており、大学がアフガニスタンの女性教員支援を行おうとしていることについては、少し聞いたことがありました。しかし、私にとって「アフガニスタンの女性教員支援」はどこか遠い話題に思えていました。
翌日、大学で行われた委員会に参加しました。そのとき、「大学から一名が事前調査団に参加しますが、附属からあなたが参加してくれませんか」という打診を受けました。今までから海外旅行は大好きでした。でも、その目的は「日本と違う生態系を持つ場所に出かけること」でした。ガラパゴス、アマゾン、ケニア、ナミビア、カムチャツカ、モンゴル、アラスカ……そんな旅行をしてきた私にとって「アフガニスタン」は未知の国であり、とっても興味があります。「いいですよ」と迷うことなく即座に了承、私のアフガニスタンへの関わりが始まりました。でも、このときには、何度もアフガニスタンを訪問することになるなどとは予想もしなかったのですが。
〇一年三月に上梓した学級通信をまとめた本のタイトルは『中道ママが行く!』でした。「中道ママ」は、担任した生徒たちがつけてくれた私のニックネーム。〇一年三月、私にとって最後の卒業生を送り出し、四月からは管理職という立場になって、直接生徒たちの担任をしたり、授業をもったりすることができなくなりました。私のライフワークである「生物教育」に直接関われない日が続いていました。そんな中で、アフガニスタンを訪問し、「理科実験ことはじめ」を行うことができたことは、何にも増してやりがいのある仕事となりました。
思いがけずアフガニスタンに関わり始め、〇七年で六年目になりました。管理職在任中に何週間にもわたって学校を空けるということは、いろいろな方にご迷惑をかけている……。そんな申し訳ない気持ちも抱いていました。自由に好きなことをやりたいと、定年までの一年を残して〇六年三月に退職しました。六〇歳を一つの区切りに、私のアフガニスタンへの思いをできるだけ多くの皆さんにお伝えしたいと願って、この六年間のことをまとめることにしました。少しでもアフガニスタンに関心を持っていただけたらうれしいと思います。
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