| 発行にあたって
(1)訪問教育1年生のあなたに、そして
(2)訪問教育の歩みと全国訪問教育研究会(全訪研)
(3)「安上がりな教育」から「個に応じた教育」へ
第1部 実践編●子どもたちと創る授業
1 子どもたちと創る「あそび・文化」
(1)「あそび・文化」を子どもたちと
(2)子どもたちと創る「あそび・文化」のいろいろ
Aからだ・揺らし・伝えあい
bロールマットころがり
bころころボード
bお湯袋あそび
bいろいろなあそびにこの歌
bFBM
B歌・歌あそび・つながり 23
bOH! のうた
b「はらぺこあおむし」のテーマソング
b見せる・歌いかける うたあそび
b重度障害児の体操について
b本物の道具を使って
C絵本・文化
b人形と歌
b不思議な絵本(?)あそびの紹介
b絵本について(初期段階の絵本)
b主題歌・挿入歌をつくろう
【資料】「重症の子どもたちと一緒に創る授業」を考える
2 地域支援 ホップ・ステップ・ジャンプ 56
(1)私の出会った子どもたち〈ホップ〉
――かつて子どもたちと家庭がおかれていた
実態の中で
(2)暮らしと生命をつなぐ1本の電話〈ステップ〉
(3)訪問の子たちが切り開いた障害者支援制度
〈ジャンプ〉
(4)D君の温かいネットワーク
「進行性の病気とたたかいながら」
(5)私たちに教えてくれたこと
3 病気の子どもと訪問教育
(1)入院中の子どもと訪問教育
(2)家庭療養中の子どもと訪問教育
(3)病気の子どもへの訪問教育の実践から学ぶこと
第2部 制度・条件編●生きいきと学ぶために
1 訪問教育の授業、教育課程の充実のために
(1)子どもの実態に合わせた授業時数・回数を
(2)訪問学級の担任配置と複数訪問
(3)スクーリング――集団のなかで豊かな経験を
(4)広がれ、楽しい行事――安全で楽しい宿泊行事も
2 訪問教育担当者が専門性を発揮するために
(1)訪問教育に関する研修の充実
(2)訪問先への旅費と交通手段
(3)訪問教育担当者の専門性と身分を保障するために
3 訪問教育と医療的ケアを必要とする子どもたち
(1)訪問教育の子どもたち
(2)これまでの経過
(3)法律学的研究に関する課題
(4)通常学校における医療的ケア
(5)医療的ケアと就学問題
4 保護者との連携
(1)「こんにちは」
――子どもとふれあい親によりそう訪問教育
(2)全国訪問教育「親の会」と全国訪問教育研究会
との連携
――二人三脚で頑張った高等部実現へのあゆみ
(3)全国訪問教育「親の会」について
5 これからの訪問教育を考えるために
(1)「就学猶予・免除問題」の一日も早い解決を
(2)修学年限の延長
(3)さまざまな場からの訪問によるケア・サポートを
資料1 全訪研の20年――訪問教育の制度と歴史
資料2 訪問教育の充実のために――全訪研は提案します
資料3 私のおすすめホームページ
あとがき
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発行にあたって
全国訪問教育研究会会長 猪狩恵美子
(1)訪問教育1年生のあなたに、そして……
訪問教育が各地に生まれて40年――「一人ひとりのニーズにこたえる教育」として「特殊教育」から「特別支援教育」への転換が始まった今、これまでの訪問教育の到達点をふまえ、よりいっそうの充実をすすめるため、全国訪問教育研究会では入門テキストとして本書をまとめました。
「第1部 実践編」では、会報「こんにちは」に掲載された授業の工夫を紹介しています。また、地域支援づくりや、病気の子どもの教育を取り上げました。「第2部 制度・条件編」ではよりよい授業づくりを支える訪問教育の条件整備を考えています。巻末には「全訪研の20年」「全訪研の提言」「おすすめホームページ」を資料として添えました。
長く訪問学級の担任を続けている先生もおられますが、全国的にみれば3年未満で替わる傾向があり、特に近年、教員異動が頻繁になり担任の入れ替わりが訪問教育においても激しくなっているようです。「何をしていいかわからない」「集団としての蓄積が行いにくい」という戸惑い・悩みがあります。「ようやく慣れたと思ったのに……」と、保護者・子どもはもちろん、訪問先の施設・病院にとっても不安な状態です。
一方、たくさんの先生方や保護者のみなさんが訪問教育OBになって訪問教育を支え、日本の障害児教育の中で確かな存在になってきてもいます。
訪問教育が積み上げてきた成果をみんなの財産にし、広く訪問教育を知っていただくとともに、子どもたちとともに日々の学習活動をつくっていくヒントになればと願っています。
(2)訪問教育の歩みと全国訪問教育研究会(全訪研)
「障害の重い子どもたち」が学校教育を受けられなかった時代はそんなに遠い昔のことではありません。養護学校そのものが足りなかった時代、学校教育法第75条を根拠に「小・中学校の教員を派遣して教育を行う」訪問教育が各地に生まれたのは1960年代の終わりです。「学校へ行きたい」「学校へ行かせたい」という子どもたち・家族の願いがつぶやきから声になった時、まず生まれたのが訪問教育だったのです。燎原の火のように訪問教育は広がり、「どんな障害が重い子どもたちにも学校を」といううねりの先駆けとなっていったのでした。
小・中学校の教育として始まった訪問教育は、養護学校教育義務制実施を境に養護学校の教育形態となっていきました。養護学校への就学が進み、子どもにあった学校づくりや高等部への希望者全入という次の要求が高まるなか、全訪研は1988年に結成されました。きっかけは全国肢体不自由教育研究協議会(全肢研)に集まった教師たちの「訪問教育の研究会をつくろう」という呼びかけでした。障害の重い子どもたちの教育実践研究の場が切実に求められており、以後、300〜500人の会員が、全国の訪問教育に関する情報の集約と交流、実践研究の3つの柱をすえて活動してきました。夏の全国大会と年5〜6回の会報「こんにちは」は、各地の学校・教師が実践を交流し、励まし合う「広場」となっています。特別支援教育スタートの2007年、全訪研は20周年を迎えます。
全訪研はまた、訪問教育をめぐる教育条件の整備についても積極的に発信してきました。学校・地域の諸条件がさまざまであるうえ、国が提示すべき法的根拠そのものが大変不十分であり、全国状況を明らかにする資料はほとんど示されていませんでした(巻末資料1参照)。そのため、各都道府県連絡員となった先生方を通して各地の情報を集めるほか、4年に一度、各都道府県の訪問教育実施状況をまとめた「全国訪問教育マップ」と、「訪問教育に関する全国実態調査」を実施し「訪問教育の現状と課題」を発表してきました。
本書では、全訪研に集まった先生方が積み重ねてきた実践や制度改善への取り組みの一部を、会報「こんにちは」、研究誌「訪問教育研究」の中からご紹介してみたいと思います。
(3)「安上がりな教育」から「個に応じた教育」へ
しばしば「訪問教育は教育の原点」といわれます。しかし、訪問教育には二つの側面があります。「近くに学校がない」「通学手段がない」「安心できる教育条件が整っていない」などから訪問教育を余儀なくされている場合、保障すべき教育ニーズの肩代わりのための「安上がりな教育」になってしまいます。そうした自戒を含め、教育内容や教育条件の整備を進め、通学できる条件を広げる取り組みとあわせて、制約はあるなかでも「個々のニーズに気づき応える教育」としての充実がめざされてきたといえます。すべての子どもたちにもれなく豊かな教育を保障するために、担任教師はもちろん教育行政担当者、学校長や教頭等たくさんの人々の努力で編み出してきたのが訪問教育です。今日、わが国の「重度重複障害」「重症児」といわれる子どもたちの教育は、医療や福祉の発展を背景に世界的に見ても大変先駆的な実践として展開されています。
訪問教育の開始は、少なくない保護者や施設・病院関係者にとって気が重い「義務」教育でした。しかし、子どもたちが心待ちにして成長していく姿に期待と信頼を高めていったとき「権利としての教育」になっていきました。「訪問教育にも高等部を」という願いは、「全国訪問教育親の会」を中心とする協働を広げ、国会を動かし、希望する誰もが高等部に進学できる21世紀を切りひらいたのです。
学ぶとは心に誠実を刻むこと
教えるとはともに希望を語ること(アラゴン)
どの子ももれなく支援するきちんとした条件整備と、確かな実践と、やわらかな連携・協働で、21世紀の訪問教育を進めていきましょう。
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