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はじめに
第1章 脳障害を負って
1 突然倒れたナオ君
2 リハビリ始まると転院
3 元気な姿思い出し涙
4 動揺……寂しがる兄
5 実現した通学の夢
第2章 家族との対話
1 突然、障害を負ったナオ君と家族
(1) 障害をもってしまったナオ君
(2) 母親と担当看護師との交換ノートから
(3) 読売新聞からの取材依頼を受けて
(4) 発症後二年半が経過した時点でのナオ君の母親の思い
2 急性脳症で、高次脳機能障害をもったタイちゃん
(1) タイちゃんの経過
(2) 母親とメール交換でサポート
3 交通事故で脳外傷を負ったキヨ君
――アトムの会設立のきっかけ
(1) 家族の心の安定が、子どものリハビリに大きく影響
(2) 病棟での家族の会
(3) 後天性脳損傷の子どもをもつ家族の会
(アトムの会)の設立
(4) 「癒される・情報発信・行動・変える」家族の会
第3章 障害の受容
―ふたたび楽しく生きていくための大きなステップ
1 障害受容の過程と支援
2 家族からのメッセージ(1)
(1) 障害を受け入れられるようになった時期
(2) 障害を受け入れられるようになったきっかけ
(3) 相談できる人
(4) 現在困っていること
(5) 将来の方針
(6) 家族が伝えたいその他のこと
3 家族からのメッセージ(2)
(1) 日常生活について
(2) 学校について
(3) アトムの会について
(4) 制度や支える仕組みについて
(5) 自由記載
4 家族からのメッセージを受けて
第4章 後天性脳損傷に対するリハビリテーション
1 神奈川リハビリセンターの役割は?
(1) 神奈川リハビリセンターの現況
(2) 高次脳機脳障害の普及活動
(3) 米国の小児脳外傷リハビリテーション
プログラムについて
2 子どもの後天性脳損傷の主なものは?
(1) 脳外傷
(2) 脳炎・脳症
(3) 脳血管障害
(4) 脳腫瘍
3 障害の内容
4 後天性脳損傷に対するリハビリテーションの方法
(1) リハビリテーションスタッフの役割
(2) リハビリテーションの進め方
第5章 これからの課題
(1) リハビリテーションの前に
(2) 後天性脳損傷をもつ子どものリハビリテー
ションを行うにあたって
(3) 高次脳機能障害のリハビリテーション
(4) 家族会のあり方
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はじめに
私は小学校の教科書に載っていたシュバイツァーの伝記に感動して、医師になろうと思うようになった。大学に入った時には小児科医になろうと思っていたし、大学を出た時には障害児を診る医師になろうと思っていた。小児科医になろうと思った理由は、子どもたちがかわいくて仕方なかったからなのであるが、なぜ障害児を診たいと思うようになったのかは自分でも分からない。
障害児医療に携わろうと決めていた私は、大学を出て三年間は、一般小児科のトレーニングを受けるのと並行して、子どもの発達について学んだ。そして卒後四年目からは念願の障害児医療の道に進んだのである。大学病院、小児病院、肢体不自由児施設、知的障害児施設などで働くなかで、脳性麻痺、知的障害、てんかん、自閉症、重症心身障害などいろいろな疾患をもつ子どもたちと接してきた。しかし、ここ神奈川県総合リハビリテーションセンター(神奈川リハビリセンターと略す)に勤務するまでは、生まれつきの障害(発達障害という)をもつ子どもたちの診療がほとんどであった。
卒後三年目に長男が、五年目に次男が生まれ、ばたばたと共働きの子育てをしながら仕事を続けてきたのであったが、大変だった子育ても、小児科医としてのものの見方にずいぶんとまろやかさを与えてくれた。やがて時が過ぎ、長男に次いで、次男が大学生になって家を出て、子育てにかかる手間が抜けたとき、「障害児をもった親御さんはずっと子育てを続けなければいけないのだ!」と心から親御さんの大変さを感じたのであった。
機会があって、一九八六年から二年間、英国で障害児医療の世界につかることができたが、その時の経験が、現在の私の診療に大きな影響を与えている。バリアフリーの世界、「障害児も健常児も同じ子どもなのだ」と本当に自然に考える英国の社会、障害児医療や教育の分野に導入されているさまざまな福祉機器(当時の日本経済は明るく、物にあふれ、英国は非常に質素な状況だったのであるが……。日本では眼にしたこともなかった福祉機器がたくさん!)。英国は障害をもった人に何と生活しやすい国なのだろうと、カルチャーショックに陥ってしまったのであるが、いろいろなことを学べた二年間であった。
私は帰国後、神奈川リハビリセンターという素晴らしい職場を得ることができた。発達障害児の療育を継続していくのはもちろんであったが、多くのリハビリ専門スタッフがそろった神奈川リハビリセンターの機能を最大限に生かして、脳外傷や脳血管障害などの後天性脳損傷のリハビリにも力を入れるようになった。子どもの後天性脳損傷の代表的な原因は、脳外傷と脳炎・脳症である。脳外傷は交通事故によるものが多いが、乳幼児期の虐待によるものも忘れてはならない。脳炎・脳症は、インフルエンザ脳症に代表されるように幼児期のものが多い。いずれも発症を少しでも予防したいものばかりである。
後天性脳損傷の子どもの数は、発達障害の子どもの数よりずっと少なく、後天性脳損傷をもった子どものリハビリを集中的に行っている病院も少ないため、同じような子どもをもった家族同士が接触する機会は少ない。子どものリハビリを進めていくには、同じような子どもをもっている家族同士のつながりが大きな力になっていく。特に後天性障害では、健康であった時の子どものイメージが家族に残っているために、なかなかリハビリに乗っていかれないことが多い。そういったことから、私たちは病棟で後天性脳損傷の子どもをもつ家族の会をはじめたのであるが、それはやがて「アトムの会」へと発展していった。アトムの会は、体験談、情報交換、お楽しみ会などを通して会員の交流をはかる「後天性脳損傷の子どもをもつ家族」が自主運営している会で、神奈川リハビリセンターにおいて不定期に開催され、神奈川リハビリセンターのスタッフがバックアップしている。
本書は、後天性脳損傷の子どもをもつ家族と私たち病院スタッフとの対話を記載した本である。第1章には、読売新聞社の山口博弥氏に書いていただいた「医療ルネサンス」の記事を転載させていただいた。山口氏は小児医療に関する記事を書き続けておられるとても温かい新聞記者さんで、今回の転載に際しても快諾してくださった。読売新聞社および山口氏にあつくお礼を申し上げたい。第2章はこの本の中心となる部分で、私にたくさんのことを学ばせてくださった三家族との対話を載せた。ご家族のことばからは、たくさんのことが発信されている。第3章は、アトムの会のみなさんからのメッセージである。第4章は少し難しいかもしれないが、私たちが行っているリハビリの内容を簡単にまとめた。そして第5章には、これからの課題を記載した。
早いもので、私が神奈川リハビリセンターにきて二二年目に入ったが、本書の初版を出版してから四年あまりが経過し、紹介させていただいた三人の子ども達は大きくなり、その間にリハビリテーションの分野では多少の進展がみられている。そこで今回、改訂増補版として一部書き加えをさせていただくことになった。本書が、後天性障害をもってしまった子どもと家族、そのまわりの方々のお役に立てたらうれしい。
二〇一〇年六月
栗原 まな
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