インクルーシブな社会をめざして
 ―ノーマリゼーション・インクルージョン・障害者権利条約


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インクルーシブな社会をめざして

清水貞夫●著
定価 2310円(本体価格2200円)
ISBN978-4-86342-040-3 C0036

●北欧と北米のノーマリゼーションを対比しながら、障害者福祉や障害児教育の理念として語られるインクルージョンの原理・思想を明らかにする。
 国連・障害者権利条約は、非差別と平等、インクルージョンをテーマにした最新の国際法である。
 条約の批准をいち早く実現し、新たな法・制度を考えるための論拠を提起。

●国連・障害者権利条約を解説し「特別支援教育改革論」も提起!

●もくじ ●内容紹介

はじめに

第1章 ニィリエのノーマリゼーション原理

 1.ニィリエの生い立ち
 2.ウォルフェンスベルガーのノーマリゼーション原理
 (1)「ノーマリゼーション思想」の父
 (2)「ノーマリゼーション原理」の発芽
 3.ニィリエのノーマリゼーション原理
 (1)ニィリエによる定義に至る道
 (2)ノーマリゼーション原理の最初の定義
 (3)ニィリエの定義
 (4)ノーマリゼーション原理の8つの実践課題
 (5)ニィリエにおける自己決定の重視
 4.ニィリエによるノーマリゼーション原理の特徴
 (1)対人サービスの視点転換
 (2)ニィリエのノーマリゼーション原理の特徴

第2章 ウォルフェンスベルガーのノーマリゼーション原理

 1.ウォルフェンスベルガーによる
  ノーマリゼーション原理への道
 (1)ウォルフェンスベルガーの生い立ち
 (2)ウォルフェンスベルガーのノーマリ
    ゼーション原理の背景
 (3)大統領委員会『報告書』の論文
 2.ウォルフェンスベルガーによるノーマリ
   ゼーション定義の成立
 (1)ニィリエ定義の最初の見直し
 (2)『対人サービスにおけるノーマリ
    ゼーション原理』の出版
 (3)ノーマリゼーション原理の定義
 (4)ノーマリゼーション原理のための具体的活動
 (5)サービスシステムの分析および対人サービスの
    ノーマリゼーション化のためのマニュアルの
   開発と普及
 3.ウォルフェンスベルガーのノーマリゼーション
   原理を支えるイデオロギー
   ──ウォルフェンスベルガーの定義の特徴
 (1)障害の逸脱モデルを基礎にしたノーマリ
    ゼーション原理
 (2)社会学的(社会心理学的)ノーマリゼー
    ション原理
 (3)社会の意識変革をめざし、偏見を除去する論
     としてのノーマリゼーション原理
 (4)対人サービスのノーマリゼーション化
 (5)人権論で弱さをもつノーマリゼーション原理

第3章 二つのノーマリゼーション原理のその後
     ―ニィリエの定義とウォルフェン
      スベルガーの定義

 1.ウォルフェンスベルガー定義のその後
 2.ニィリエ定義のその後
 3.二つのノーマリゼーション原理の対比
 4.ニィリエによるウォルフェンスベルガー批判

第4章 社会的役割の有価値化(SRV)理論

 1.ノーマリゼーション原理から「社会的役割の
   有価値化」論へ
 (1)用語変更の背景
 (2)障害者の「有価値」を叫ぶ必要性 
 2.社会的役割の有価値化(SRV)理論の定義
 3.社会的役割の有価値化(SRV)を支える理論
 (1)SRV理論と対人知覚論
 (2)SRV理論と社会的役割・役割期待の理論
 4.社会的役割の有価値化(SRV)理論の実践方略
 (1)SRV理論のための2側面の実践方略
 5.社会的役割の有価値化(SRV)理論の
   「科学」論
 (1)対人知覚論と社会的役割・役割期待の
    理論に対する自信の深まり
 (2)SRV理論の経験論と四つの公式
 6.新造語(SRV理論)に対する反響

第5章 ノーマリゼーション原理の広がりとその貢献

 1.二つのノーマリゼーション原理の並立
 2.ノーマリゼーション原理の広がり
 (1)北欧における広がり
 (2)北米における広がり
 (3)ノーマリゼーション原理とアメリカ社会
 (4)国際的動向
 3.ノーマリゼーション原理/SRV理論への疑問・批判
 (1)障害者の「特別なケアニーズ」への配慮
 (2)障害者間交流の忌避
 (3)社会的偏見の除去可能性
 (4)ノーマティヴ/ノーマルとは何か
 4.ノーマリゼーション原理/SRV理論の貢献
 (1)市民としての障害者像の確立
 (2)入所施設の改善からコミュニティ・ケアへ
 (3)社会的統合の推進

第6章 ノーマリゼーションからインクルージョンへ

 1.エックスクルージョンとインクルージョン
 2.インクルージョンの登場
 (1)EUおよびイギリスのインクルージョン
 (2)アメリカ合衆国でのインクルージョン
 (3)ユネスコでのインクルージョン
 (4)日本でのインクルージョン
 3.「共生社会」とインクルージョン
 4.インクルージョンとノーマリゼーション原理
 5.インクルージョンはワークフェアか?
 6.ノーマリゼーション原理からインクルージョンへ

第7章 インクルージョンと国連・障害者権利条約

 1.ノーマリゼーション原理と障害者権利条約
 2.非差別と平等およびインクルージョン
 (1)非差別と平等
 (2)障害者権利条約のインクルージョン規定
 (3)障害者権利条約の背景
 3.特別支援教育と障害者権利条約
 (1)教育における合理的配慮義務
 (2)合理的配慮と特別支援教育
 4.インクルーシブな教育の実現のための教育改革
 (1)インクルーシブな教育
    およびインクルージョンとは?
 (2)「インクルーシブな教育システム」と
    就学指導手続き
 5.子どもの権利論をもたない特別支援教育
 (1)権利論と分離したニーズ論
 (2)アファーマティブ・アクション/積極的
    平等化(差別禁止)措置

あとがき

はじめに

 日本では、ノーマリゼーション原理は、1960年代に「正常化」という訳語で紹介されたものの、障害者福祉や障害児教育関係者に知られるようになったのは、1981年の「国際障害者年」以降であったといってよい。だが、今日、ノーマリゼーション原理は、社会福祉や障害児教育の関係者はもとより、多くの人たちが日常語のように口にする用語になり、『厚生白書』や『障害者白書』などの行政文書にも登場するとともに、ノーマリゼーションの用語を含む「障害者プラン─―ノーマライゼーション七ヶ年計画」(1995年)も策定されるまでに流布している。しかしながら、私には、そのように通俗化したノーマリゼーション原理は、それをよく吟味すると、あまり内実がなく、表面的な理解ですらあると、感じられてしかたがない。例えば、ノーマリゼーションは、単に、社会のバリアフリーを促進すること、またグループホームなどの地域生活を障害者に可能にすること、さらには障害理解の啓発と交流活動を意味することであると理解され、それ以上でも以下でもないような記述も散見する。ノーマリゼーション原理は、障害者の分離施策と劣等処遇への批判を内包しながらも、それ以上のものを包み込む思想であるにもかかわらず、非障害者と障害者が障壁なしに一緒に生活することを単に意味するだけと理解していたりする。極端な話が、ノーマリゼーションという用語を使用することで、今日の社会福祉や障害児教育を語っている気になっているのではないかと、私には思われることすらある。これでは、社会福祉や障害者教育の充実はないと、私は考える。
 そこで、本書は、ノーマリゼーション原理が、具体的に、何を意味しているのかを明らかにして、ノーマリゼーション原理の表面的で、うすっぺらな理解の是正を図りたいと考えた。その際、私は、ノーマリゼーション原理には、淵源を異にする二つの考え方があることを示した。一つは、北欧型のノーマリゼーション原理であり、もう一つは北米型のノーマリゼーション原理である。日本においては、これら二つを区別しないでノーマリゼーション原理が語られる。私は、本書で、これら二つの原理を対比的に取り上げて、二つのノーマリゼーション原理の理解を図ろうと考えた。また、ノーマリゼーション原理は、北欧において、また北米において、それぞれの歴史・文化・社会的な背景を反映しながら、旧来の障害者ないし「社会的弱者」への施策を革新する思想として登場した。その意味で、二つのノーマリゼーション原理は、歴史・文化的産物であり、その登場当時の革新性をもった見方は、時代とともに変遷してきたことも事実であるから、この間のノーマリゼーション原理の変貌にも目配りをしたつもりである。
 ところで、「ノーマリゼーションは、外国では、ほとんど聞かないのだが、どうなっているの?」これは、毎年のようにスウェーデン等の北欧を旅行して実情報告をしてくれる友人の質問である。この友人の言うとおり、欧米において、ノーマリゼーション理念やノーマリゼーション原理の用語は、障害者政策の歴史上の役割として論じられることはあっても、障害者施策の一環として顔をだすことはなくなったように思う。むしろ、それ以上に、ノーマリゼーションでなく、インクルージョンないしはソーシャル・インクルージョンという用語で、今日の障害者施策は議論されているかに見える。すなわち、ノーマリゼーションという思想/理念の下で、障害者施策の在り方を議論する時代は終わり、インクルージョンないしソーシャル・インクルージョンの概念を使用して、障害者問題を理解し施策を展開することが求められる時代になったのかも知れない。
 今日、ノーマリゼーション原理は、日本では、まだ多用されながらも、国際的には、用語としてはあまり登場しない。むしろ、ノーマリゼーション原理ではなく、インクルージョンの用語の方が障害者教育や障害者福祉の理念として語られることが多い。これは、ノーマリゼーション思想が、古くさくなって、時代をリードする思想でなくなってしまったからではないと思う。ノーマリゼーション思想は、いわゆる「社会的弱者」の教育や福祉にかかわる根本思想であり、人権思想であると考えると、それは陳腐になり死語となることはないであろう。しかるに、インクルージョン(包摂、共生)の用語が、ノーマリゼーション思想の用語にとってかわりつつあるかの状況が存在するのは、とりもなおさず、新自由主義という市場万能論が闊歩し、そうした社会状況の中で、インクルージョンの反対語である排除(エックスクルージョン)が社会問題として顕在化してきたという事情によるものと理解できる。すなわち、新自由主義による経済・社会の運営は、各種の格差と社会の主流(メインストリーム)からの排除(エックスクルージョン)を生み出し、それに対抗するインクルージョンが叫ばれているのである。
 しかしながら、ノーマリゼーション原理こそは、社会のマージンに位置づけられた人々の社会の主流への復帰を主張した思想であり、人権と尊厳の回復を願う思想である。このように考えるなら、ノーマリゼーション原理は古き思想になり、インクルージョンがこれからの教育や福祉の指針となるという理解ではなく、これら二つの原理・思想は、根本思想で通底していると理解すべきであろう。もちろん、ノーマリゼーション原理は、いわゆる「社会的弱者」の現状改善を関係者の取り組みの課題として提起したのに対し、インクルージョンはそれを社会政治的な政策課題として提起したという相違がある。こうした意味をこめて、本書ではインクルージョンを取りあげた。なお、ノーマリゼーション原理には、北欧のノーマリゼーション原理と北米のノーマリゼーション原理の2つが存在するが、私はウォルフェンスベルガーと知人であることもあり、ウォルフェンスベルガーのノーマリゼーション原理をよりくわしく論じている。
 今日、障害者政策において、ノーマリゼーション原理にとって代わってインクルージョンが叫ばれているが、その典型は国連・障害者権利条約である。同条約は、非差別と平等およびインクルージョンを主なテーマにした最新の国際法である。この意味で、私は、最終章で、同条約の概括しておいた。ただし、概括して紹介するだけでなく、障害者権利条約を批准するにあたり、求められる特別支援教育改革論を提起した。同改革論については、読者の批正を待ちたいと思う。
 なお、本書では、「ノーマリゼーション」と表記し「ノーマライゼーション」という記述の仕方をしなかった。これは、私が、北米の大学や学会で「ノーマリゼーション」を語るとき、誰もがまさに「ノーマライゼーション」ではなく「ノーマリゼーション」と発音していたという経験による。日本では、「ノーマライゼーション」を『障害者白書』等では採用しているが、それが、どの国の発音によっているのかは寡聞にして知り得ていない。

2010年1月 
清水貞夫

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