| 発刊に寄せて●医療的ケアの歴史から学ぶもの 杉本健郎
●巻頭言
身近にあって知られざる美しい花
―障がい者が世の中をつくる 山田章弘
ケアを必要とするあなたへ 加藤洋子
ケアのそばにいるみなさんへ
―本書の利用の仕方 江川文誠
1 発明されたことば「医療的ケア」
1-01 医療的ケアって何? 20
1-02 いろいろなケアがあるんだ
2 ご家族へ―笑顔で暮らしつづけるために―
2-01 退院を勧められてとまどっています
2-02 子育てとしての医療的ケア
2-03 家庭での工夫と主治医への相談
2-04 幼・少年期に利用できる福祉
2-05 どのような教育を受けられるのでしょうか?
2-06 卒業後はどのような進路があるのでしょうか?
2-07 短期入所先がなかなかみつかりません
2-08 他のきょうだいの面倒が十分にみられません
2-09 入院が多くてなかなか訓練が受けられません
2-10 私以外に子どもをみる人がいません
2-11 母親は働けないのでしょうか?
2-12 つまずいたときに誰に相談を?
2-13 正しいことが良いとはかぎらない
3 医療関係者へ
―退院はゴールではなくスタート―
3-01 退院はゴールではなくスタート
3-02 ケアを実施するための条件
3-03 600%を求めないで!
3-04 外来とは違う場面で子どもたちと出会って
(外来担当医の立場から)
3-05 在宅療養支援診療所を利用してください
3-06 看護師が参加したレスパイトケアの試み
4 教育関係者へ―教育としての医療的ケア―
4-01 医療的ケアは教育なのか
4-02 主治医との連絡ノート 学校での工夫
4-03 学校看護師として〜教員とともに〜
4-04 校長としてのかかわり方
4-05 教員が担えない医療的ケアへの対応
4-06 想いは同じ「子どものために」
4-07 進路指導という立場と医療的ケア
4-08 教育行政として医療的ケアをどう支援するのか
4-09 特別支援学校における医療的ケア支援体制の実際
4-10 教員と看護師の研修体制
4-11 一般小中学校での医療的ケア支援
4-12 教育としての医療的ケア
5 福祉関係者へ―医療的ケアに寄り添う―
5-01 福祉も医療的ケアの受け皿に
5-02 乳幼児期に医療的ケアの必要な人への配慮
5-03 療育センターでの医療的ケア
5-04 学童保育での医療的ケア
5-05 短期入所(ショートステイ)での医療的ケア
5-06 通所施設での医療的ケア
5-07 身体障害者療護施設での医療的ケア
5-08 重症心身障害児施設での医療的ケア
5-09 居宅介護(ホームヘルプ)での医療的ケア
5-10 ケアホームでの医療的ケア
5-11 重度訪問介護制度の進展
5-12 重度障害者包括支援の可能性と実情
5-13 医療的ケアに関する研修の仕方
6 街の人へ―私は「メルシー」と微笑んだ―
6-01 For The Living Well 地域で市民のできること
6-02 バリアフリーって何?
6-03 ユニバーサルデザインって何?
6-04 養護学校での災害訓練
6-05 新潟の災害訓練―サポートシートの試み―
6-06 街で車いすの人を見かけたら
7 スウェーデンに学ぶ
7 個人適合社会の試み
―一人ひとりからスタートする福祉システム
8 医療的ケア最前線からの提言
「医療的ケアについての配慮は、義務教育ですから
心配しないように」―教育行政への想い 山田章弘
医療者よ 一歩下がって支援せよ
―医療行政への想い 江川文誠
街の暮らし コンタクトパーソンという智恵
―福祉行政への想い 加藤洋子
9 資料
教育としての医療的ケアの変遷
地域における医療的ケアの変遷
医療的ケアに関するその他の取り組みの変遷
●コラム
一枚の切符
重い障がいをもつ親と子どもの仲間づくり
トトロ先生のとなりの小さな家
一歩いっぽ(ぱざぱ)
ふらっとスペース「しゃべり場」
校長室に避難しよう
神戸市での医療的ケア
夢の実現
空飛ぶ車いす
ボランティアのつぶやき
NPO法人医療的ケアネット
子どもたちの世界は子どもたちがつくりあげていく
あとがき●ケアが街にやってきた
―かほりちゃんとその友だちが教えてくれたこと
江川文誠
コミックストーリー「I'll miss you! 一緒がいいねっ!」
※「障がい」「障害」の表記について
障がいという単語を表記する際に、本文中では「障がい」を、法律上の表記は「障害」を用いました。ただし執筆者によりそれ以外の表記をした場合もあります。全体としてさまざまな議論がこの表記法について巻き起こっている現状を示しているためと思い、あえてそのままとしました。(編者) |
医療的ケアの歴史から学ぶもの
日本小児神経学会理事・社会活動委員会委員長
すぎもとボーン・クリニーク 所長
杉本健郎
ぼくが医者になったのは1974年のことでした。学生時代からしょうがい児に関する医療に興味をもっていましたので、小児科に入りました。まもなく危急新生児治療部門(NICU)が小児科所属で独立しました。それまでは産科病棟のはしっこのベビー室しかありませんでした。うまくミルクが飲めないあかちゃんに一時的に鼻腔チューブを入れたり、呼吸困難児に一時的に口から挿管チューブを入れることはありましたが、長期に管理することや、退院後にそれらを継続することは極めてまれでした。1980年代前半、NICU卒業後の脳障害をもったまま帰宅した子どもたちと家族は上記の医療行為が続いたままであることに困惑しました。1980年代後半からは人工呼吸器がコンパクトになりました。1979年のすべてのしょうがい児に教育を求める運動もありました。同じころNICU卒業の子どもたちが成長して小学校へ入学しました。
医療の進歩は外科手術や移植技術、新しい治療方法などが注目されますが、医療的ケアと呼ばれる在宅での医療行為、医療技術もこの20年で大きな進歩が見られました。次ページに表示したとおりその進歩を医療保険が追認する歴史になっています。
また、人工呼吸器はスパゲッティ症候群の代表といわれ、「無駄な」治療と一部の人たちが呼ぶように、いつも余分な医療行為、器械として悪者呼ばわりされてきましたが、表示したとおりポリオ流行時のデンマーク・コペンハーゲンでの非医療職である学生による用手式バギングによる加圧人工呼吸が死亡率を80%から20%へ減少させる歴史でもありました。
いまほど「いのち」の価値が問われる時代はありません。人工呼吸器も、装着し安全で楽しい生活を保障するものであれば、器械でも立派な「いのちの一部」なのです。一部で「終末」医療の減衰や「選別」する医療が堂々と論陣を張っていますが、医療的ケアの歴史は、そういった流れとは逆に、しょうがいがどんなに重くても毎日を楽しいものにするための方策をいろいろみんなで考え出してきた歴史なのです。
この本に書かれた一つ一つの項目が新たな経験であり、新たな試みであり、いのちを育む歴史の創造なのです。いうまでもなく医療的ケアは医療的な方法論としての原則はありますが、安全で楽しく行うには一人ひとりケアのやり方が異なります。現場先行のわが国の課題はニーズを集め、法を、システムを、新たに引き出し、より利用しやすいものに変えていくしかありません。
この本はいろいろな立場から「庶民の医療的ケア」という歴史的な流れをより大きく、そして強くしていくものになると思います。
執筆者一覧(五十音順)
青木 繁宜 保護者
飯野 雄彦 社会福祉法人みなと舎「ゆう」施設長
生田目昭彦 社会福祉法人訪問の家「朋」施設長
石井 光子 千葉県千葉リハビリテーションセンター
小児神経科・医師
石上 信彦 神奈川県教育委員会こども教育支援課
指導主事
井上 夕香 児童文学作家
上原 則子 元神奈川県立中原養護学校校長
梅崎 宮子 神奈川県立座間養護学校看護師
江川 文誠 NPO法人療育ねっとわーく川崎理事長・
ソレイユ川崎施設長・医師
大西 祐二 神奈川県立総合教育センター指導主事
大森 保徳 茨城県立下妻養護学校教諭
小笠原啓子 川崎市立中部地域療育センター保育士
小倉 毅 中国短期大学講師
加藤 洋子 川崎市中部地域療育センター保育士
河崎 芽衣 漫画家
木多 香 神奈川県立三ツ境養護学校保護者
小山 英郎 ボランティアレスパイトの会「ポトフ」
小山 素子 社会福祉法人みなと舎「はなえみ」保護者
今野よしみ 新潟県立月ヶ岡養護学校教諭
重松 義成 佐賀短期大学生活福祉学科准教授
下川 和洋 東京都立八王子東養護学校教諭
下山 郁子 横浜重心グループ連絡会〜ぱざぱネット
保護者
杉本 健郎 日本小児神経学会理事・すぎもとボーン・
クリニック所長・医師
高田 哲 神戸大学医学部教授・医師
高橋 和恵 大阪府立藤井寺養護学校保護者
田中 顕一 東京都立町田養護学校教諭
田中総一郎 宮城県拓桃医療療育センター小児科主任
医長・医師
田中千鶴子 昭和大学保健医療学部看護学科准教授・
看護師
谷 みどり NPO法人療育ねっとわーく川崎 サポート
センターロンド代表
長岡麻奈美 ココりすの会保護者
中村 勝雄 作家
羽中田正叔 神奈川県立藤沢養護学校校長
細田のぞみ 相模原療育園・医師
三冨千惠子 NPO法人ほっと・ステーションらら
三宅 捷太 社会福祉法人キャマラード「みどりの家」
診療所所長・医師
矢野 孝子 はなクリニック所長・医師
山崎貴美男 社会福祉法人横浜共生会「横浜らいず」
施設長
山崎 健一 NPO法人療育ねっとわーく川崎保護者
山田 章弘 神奈川県肢体不自由児協会会長・元神奈川
県立三ツ境養護学校校長
山本 修子 社会福祉法人みなと舎「ゆう」
編集協力
本文挿絵=中畝治子・山内眞理
写真提供=ポトフの会・山田章弘
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