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京都高等学校社会科研究会編『京都に強くなる75章』記述の修正について

 戦後70年の今年の夏(2015年7月)『京都に強くなる75章』(2000年12月初版発行)第49章「西陣空襲と聚楽第跡──歴史の町揺るがす突然の空襲」の記述について、正確性に欠け誤りがあるという指摘を磯厩典氏から受けました。
 本書はすでに絶版になっており、書籍を訂正するという形をとることができませんので、ご指摘をここにまとめてホームページに掲載させていただきます。
指摘された部分は、お寺の方や空襲の体験者からの聞き取りをもとに書いたものですが、しっかりと検証をすることなく執筆したことから不十分な内容となりました。今後、西陣空襲に関わる機会があれば、これを生かしていきたいと思います。

①昌福寺の井戸に落ちたのは焼夷弾ではなく普通の爆弾である。同じ飛行機から通常の爆弾と焼夷弾が落とされることはないはずである。
②寺石さんの娘さんの遺体が数百メートルにわたって飛散したというのは、当時のうわさ話で、現実的ではない。あまりにも興味本位的な印象を受ける。
③下長者町の交差点で新兵の壮行会とあるが、場所は出水通交差点で、かつ新兵ではなく再徴用の兵隊の壮行会であった。
④さらに、大銀杏に婦人の下半身が吹き飛ばされて逆さにぶら下がっていたというのではなく、吹き飛ばされた男性の遺体が大銀杏に巻きついていたのが正しい。その遺体を磯瓜瓩良秧討発見し抱え下ろした。
⑤爆弾が一発目、二発目、三発目となっているが、ほとんど同時に爆弾は投下されたので、一発目、二発目という書き方はおかしい。
⑥死者の数が五〇人とあるが、正しくは四六人である。『かくされた空襲』作成時の犠牲者名簿も磯瓜瓩保存されている(西陣警察署の資料では四三人となっている。身元のわからない遺体も含めると五〇人となると『かくされた空襲』ではしている)。
⑦昌福寺の西側の寺の名前が間違っている。少林寺ではなく松林寺が正しい。
⑧通り名の表記について、家の正面玄関に面する通りを先に表し、目印となる横の通りには「通」は入れないと思います。本文にある住所表記は、下立売通智恵光院西入ルのように後には「通」を入れない。
(文責・奥村英継/クリエイツかもがわ)


*参考情報=カミング(上京ふれあいネット)
「西陣空襲を、語り部・磯崎幸典さんに学ぶ(その1)
 〜地元で生まれ育った中学生たちの想いとは〜」
 http://kamigyo.sakura.ne.jp/tokushu/zukan/post-152.html
2015.9.15-13:32

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